社長メッセージ

 2017年は将棋や陸上や卓球において、そして2018年冬季平昌オリンピック・パラリンピックではスケートやカーリング、スノーボードやスキーなど、様々なジャンルにおいて若いアスリートたちが活躍し、間違いなく2年後の2020年東京オリンピック・パラリンピックも盛り上がることが予想され、日本文化を世界にアピールするチャンスになると期待しています。
 一方、海外では、ドナルド・トランプ米大統領や金正恩北朝鮮党委員長がそれぞれ自国優先主義を貫き合い、地政学的リスクが高まっている状況にあります。また昨年12月8日には、日欧EPA交渉が妥結して2019年の発効をめざすこととなり、日本の革靴業界にとってはかつてないほどの大きな影響を受けることが懸念されます。
 そして、業界における婦人靴卸大手の相次ぐ倒産・買収は、これまでの靴の流通を大きく転換させなければならない「呼びかけ」であると受けとめています。
 このような時代・社会の大きな変化の中にあって、IoTやAIなどでグローバル化が加速してゆく今だからこそ、お客様と作り手が強くつながる必要性があるのではないか――。そう感じた私たちは、この度、1962年より55年間、靴を作り続けてきた本社工場を一新し、これからのE・コマースの時代に備えてパイロットシューズのFlagship Store――「Wisteria Fujiwara」を2月26日にオープンし、情報製造小売業 (ISPA) としての一歩を踏み出しました。
 また、日本最大の革靴の産地である浅草に所在する東都製靴工業協同組合では、産業振興と地域活性化をめざして、昨年『東都イノベーション&アクセラレーターセンター構想』を立ち上げました。そして、全日本革靴工業協同組合連合会で7年間、研究や実証実験を進めてきた革靴認証事業を具体的に「販売」という形に事業化し、少しでも革靴業界にとって将来を展望できる段階に昇華させてゆきたいと願っております。また、日本皮革産業連合会においては、メイドインジャパンの様々な皮革製品を世界に発信してゆけるよう尽力し、組合・連合会が一丸となって、「我々がそこで存在する理由 (わけ)」を示してゆく1年としてゆきたいと考えております。

2018 年 2 月

一般社団法人 日本皮革産業連合会 副会長
日本靴連盟 副会長
全日本革靴工業協同組合連合会 会 長
東都製靴工業協同組合 上部団体担当理事

パイロットシューズ株式会社 代表取締役

藤原 仁

会社概要

社名 パイロットシューズ株式会社
PILOT SHOES Co., Ltd.
本社 〒 111-0025 東京都台東区東浅草 2-22-5
本社工場 〒 111-0024 東京都台東区今戸 2-36-11(郵送先)
TEL 03-3874-8121
FAX 03-3874-8126
E-mail info@pilotshoes.co.jp
URL www.pilotshoes.co.jp
創立 1950年6月
設立 1975年2月
資本金 2,000 万円

パイロットシューズの歴史

1950 年(昭和 25 年) 靴作りの本場、東京浅草にて「さくら製靴」として、藤原勉が創業
1953 年(昭和 28 年) 「藤原勉商店」を経て、社名を「パイロットシューズ」に変更
1981 年(昭和 56 年) 藤原富子社長就任
2002 年(平成 14 年) 藤原仁社長就任
  • 藤原 勉(初代)

    1907年(明治40年) 12月28日、岡山県玉野市田井生まれ
    船乗りとして大海原を踏破し、数々の逸話を残している。
    昭和21年に富子と結婚後、昭和24年夏に単身上京し、浅草で「さくら製靴」を創業
    船乗りから靴づくりへ、という珍しい転身だった。
    後に、船乗りだったことにちなんで社名を「パイロットシューズ」と命名し、靴業界の古い慣習にとらわれず、数々の新たな仕組みを導入した。職人制で不安定な生産体制にある業界の中にあって、当時では珍しかった給料制を取り入れたり、社員寮も作って従業員が安心して働ける会社環境を作るなどして、まさに「水先案内人」としての働きを成していた。船乗り時代、何度も遭難に遭いながら、たくましく生き延びたそのエネルギッシュなパワーで、事業も順調に成長させて行った。しかし 昭和51年、突如、多発生骨髄腫に罹り、5年間の闘病生活の後、昭和56年1月15日他界した。浅草の靴産業の発展に大きく貢献し、道なきところに道を切り開く、まさに砕氷船のような人生だった。

  • 藤原富子(二代目)

    1926年(大正15年) 8月1日、岡山県児島郡生まれ
    昭和21年、21歳で40歳の勉と結婚。昭和24年冬に上京し、勉のもとで居を構える。以後、三女一男を授かり、子育てと会社の操業に力を注いだ。
    昭和56年、社長であり夫の勉が他界後、パイロットシューズの社長を継承し、同時に、勉が地域で担っていた役割も引き継ぎ、会社経営と地元浅草への地域貢献、そして母としての役割をこなしていった。
    2002年(平成14年) 社長退任、長男 仁に譲る。
    2012年(平成24年) 10月7日他界

  • 藤原 仁(三代目)
    1961年(昭和36年)
    6月6日
    東京都台東区生まれ
    1983年(昭和58年)
    5月
    米国ヴァーモント州セントマイケルズカレッジ卒業
    後、欧州視察を経て、同年 12 月に帰国
    1984年(昭和59年)
    1月
    パイロットシューズ入社
    2002年(平成14年)
    5月
    三代目社長に就任
    2012年(平成24年)
    2月
    東都製靴工業協同組合 第 17 代理事長に就任
    2014年(平成26年)
    6月
    一般社団法人 日本皮革産業連合会 副会長に就任
    2016年(平成28年)
    5月
    全日本革靴工業協同組合連合会 会長に就任
    2017年(平成29年)
    3月
    日本靴連盟 会長に就任