社長メッセージ

2020年は東京オリンピック・パラリンピックが開催され、日本が飛躍してゆく姿を世界に向けて見せるビッグチャンスの年でありましたが、年初より、中国武漢で発症した新型コロナウイルス感染症が日本にも入り込み、世界がパンデミックに陥り、オリパラは延期。その後、日本では緊急事態宣言が解除されたとはいえ、今も先行きがまったく見通せない状況となっております。

私が人生の師と仰ぐ高橋佳子先生は、昨年来、2020年はオリンピックの年という以上に、日本にとって大きな時代の転換点になると仰っておりました。まさに、世界中が共通の試練を前にして、これまでの前提が通用しない「まさか」の時代となって、私たちに新しい価値観や生活様式を求めてきていると感じます。特に、日本の革靴産業にとっては、2019年2月に日欧EPAが発効し、10月には消費増税が始まり、すでに非常に厳しい経営環境にあったところでの新型コロナの追い打ちは、計り知れない影響を及ぼす火急の時にあります。

そのような中にあって、6月17日、私は日本皮革産業連合会の会長を仰せつかり、日本の革靴産業に加えて、皮革産業全体に意識を向けてゆくことが呼びかけられることとなりました。甚だ若輩者ではありますが、これまでの日本の皮革産業を支えて来られた多くの諸先輩の皆さまのお力添えを頂き、日本の匠の技によって創られたメイドインジャパンの皮革製品を世界に発信してゆけるよう、尽力してまいります。

また、2020年は西村勝三翁による日本の靴産業誕生から150周年という、記念すべき年となりました。先人の功績に想いを馳せながら、現在、日本最大の革靴の産地である浅草に所在する東都製靴工業協同組合では、産業振興と地域活性化をめざして、「東都イノベーション&アクセラレーターセンター構想」を立ち上げています。そして、全日本革靴工業協同組合連合会では、革靴認証事業i/288での展開を加速させながら、少しでも革靴業界にとって将来を展望できる水準に昇華させ、日本皮革産業連合会におけるモデル事業にしてゆきたいと考えております。

アフター・コロナの時代は、Tele-Society(離れて仕事・生活をする社会)になると考えております。ICTやAIなどを駆使し、グローバル化を加速させながら、今後、パイロットシューズは、なお一層、お客様と作り手の『心と靴』を強くつなげたいと願っております。2018年2月にオープンしたFlagship Store―「Wisteria Fujiwara」を最大限に活用しながら、情報製造小売業 (ISPA) としての一歩を踏み出し、及ばずながら、日本の革靴産業の水先案内人の役割を果たしてゆきたいと切に願います。

2020年6月

一般社団法人 日本皮革産業連合会 会 長
全日本履物団体協議会 会 長
日本靴連盟 副会長
全日本革靴工業協同組合連合会 会 長
東都製靴工業協同組合 理 事

パイロットシューズ株式会社 代表取締役

藤原 仁

会社概要

社名 パイロットシューズ株式会社
PILOT SHOES Co., Ltd.
本社 〒 111-0025 東京都台東区東浅草 2-22-5
本社工場 〒 111-0024 東京都台東区今戸 2-36-11(郵送先)
TEL 03-3874-8121
FAX 03-3874-8126
E-mail info@pilotshoes.co.jp
URL www.pilotshoes.co.jp
創立 1950年6月
設立 1975年2月
資本金 2,000 万円

パイロットシューズの歴史

1950 年(昭和 25 年) 靴作りの本場、東京浅草にて「さくら製靴」として、藤原勉が創業
1953 年(昭和 28 年) 「藤原勉商店」を経て、社名を「パイロットシューズ」に変更
1981 年(昭和 56 年) 藤原富子社長就任
2002 年(平成 14 年) 藤原仁社長就任
  • 藤原 勉(初代)

    1907年(明治40年) 12月28日、岡山県玉野市田井生まれ
    船乗りとして大海原を踏破し、数々の逸話を残している。
    昭和21年に富子と結婚後、昭和24年夏に単身上京し、浅草で「さくら製靴」を創業
    船乗りから靴づくりへ、という珍しい転身だった。
    後に、船乗りだったことにちなんで社名を「パイロットシューズ」と命名し、靴業界の古い慣習にとらわれず、数々の新たな仕組みを導入した。職人制で不安定な生産体制にある業界の中にあって、当時では珍しかった給料制を取り入れたり、社員寮も作って従業員が安心して働ける会社環境を作るなどして、まさに「水先案内人」としての働きを成していた。船乗り時代、何度も遭難に遭いながら、たくましく生き延びたそのエネルギッシュなパワーで、事業も順調に成長させて行った。しかし 昭和51年、突如、多発生骨髄腫に罹り、5年間の闘病生活の後、昭和56年1月15日他界した。浅草の靴産業の発展に大きく貢献し、道なきところに道を切り開く、まさに砕氷船のような人生だった。

  • 藤原富子(二代目)

    1926年(大正15年) 8月1日、岡山県児島郡生まれ
    昭和21年、21歳で40歳の勉と結婚。昭和24年冬に上京し、勉のもとで居を構える。以後、三女一男を授かり、子育てと会社の操業に力を注いだ。
    昭和56年、社長であり夫の勉が他界後、パイロットシューズの社長を継承し、同時に、勉が地域で担っていた役割も引き継ぎ、会社経営と地元浅草への地域貢献、そして母としての役割をこなしていった。
    2002年(平成14年) 社長退任、長男 仁に譲る。
    2012年(平成24年) 10月7日他界

  • 藤原 仁(三代目)
    1961年(昭和36年)
    6月6日
    東京都台東区生まれ
    1983年(昭和58年)
    5月
    米国ヴァーモント州セントマイケルズカレッジ卒業
    後、欧州視察を経て、同年 12 月に帰国
    1984年(昭和59年)
    1月
    パイロットシューズ入社
    2002年(平成14年)
    5月
    三代目社長に就任
    2012年(平成24年)
    2月
    東都製靴工業協同組合 第 17 代理事長に就任
    2014年(平成26年)
    6月
    一般社団法人 日本皮革産業連合会 副会長に就任
    2016年(平成28年)
    5月
    全日本革靴工業協同組合連合会 会長に就任
    2017年(平成29年)
    3月
    日本靴連盟 会長に就任
    2020年(令和2年)
    6月
    一般社団法人 日本皮革産業連合会 会長に就任